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大山道調査速報展を見てきました

伊勢原市立中央公民館で行われている「人・もの・心が行き交う道 -再発見大山道調査速報展-」を見てきました。(見学日:11月1日)

展示は、写真と地図で構成され、展示物は40点くらいなので、時間をそれほどかけずに見ることができます。

2008NOV01_001.jpg

2008NOV01_001.jpg
   展示の模様

伊勢原市教育委員会が平成19~20年度の2年に渡り、再発見大山道調査団(市文化財保護委員・いせはら歴史解説アドバイザーなどで構成)が大山に関する調査を行っており、その中間報告になるとのことです。
今回は中間報告ということですが、調査終了後に計画されているという大山道に関する地図や案内本の刊行に期待したいと思います。

ここからは、大山信仰について、簡単に触れておきます。
大山の阿夫利神社の歴史は古く、平安時代の資料に名前が出てきており、最近の研究では7世紀には、すでにあったと考えられています。また、大山寺も奈良時代に開創されたと伝えられています。
江戸時代なると家康が大山改革を行い、さらに三代将軍家光は大山寺の伽藍の大改修を行い、代参として春日局が参拝したと言われています。
大山参拝の最盛期は、18世紀中頃で、その頃の夏山期間には20万人の参拝客が押し寄せたようです。

大山は、明治維新後の神仏分離までは、不動堂から山頂の石尊社へ至る参道は通常は施錠されていて、夏山期間の旧暦6月26日~7月17日だけ扉が開かれていました。
このような短い期間ではあるものの、関東一円、さらには新潟・福島南部・長野中央部・山梨・静岡・さらには伊豆諸島など各地に大山講があり、このような地域から多くの人が大山道を通って大山に行くため、大山道の周辺では大きな経済効果があったと考えられています。
なお、道は陸路に限らず、海や川も使われていました。

大山道沿いには、参拝に行く人のための道標があり、それは現在も各地に残っていて、今回の調査でも詳細に調べられています。
また、浮世絵などの当時の絵にも道標が描き込まれているものがあり、当時の大山道やその往来の様子を知る手がかりになります。
伊勢原周辺にある道標は、日向石・七沢石(昔は大山の麓で採れ、今では採れなくなったものの外国産の石を使ったりして、現在でも日向周辺では昔からのなごりで石材加工業者が点在しています)と呼ばれる石材で、二百数十年経過するものも多く風化が進んで壊れる寸前というものが増えてきたようで、少々残念です。

これらの史跡を巡るのも面白いと思いながら、帰途につきました。


「人・もの・心が行き交う道 -再発見大山道調査速報展-」は、11月9日まで開催。
伊勢原市立中央公民館1階ロビーにある展示ケース内に展示があります。
大山の帰りなど、ついでの際に立ち寄ると面白いと思います。



※伊勢原市教育委員会さんに、展示会の紹介およびその展示の模様を写した写真を、このブログへ掲載することについて相談し、許可を頂いております。


(いがいが)
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